化学系分野の実施例の記載で注意すべきこと
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1.発明の目的に沿った実験データを記載する。
2.発明の優位性が訴求された記載様式とする。
3.第三者が再試験可能な記載様式とする。
2.発明の優位性が訴求された記載様式とする。
特許権における発明は、公知技術との差が認められなければ権利を取得できません。発明が、例えばips細胞のようにノーベル賞級の革新的なものであれば、はっきり言えば実施例の記載はどんな記載様式でも容易に権利を取得することはできると思います。しかし、世の中の大半の発明は、既にある技術と技術との組み合わせであったりする、改良的な発明です。このような改良発明は、しっかりと審査官に公知技術との差、公知技術との優位性を審査官にアピールしなければなりません。
そこで、実施例において公知技術との差を明確にするために、本願発明と最も構成が近い公知技術の実験データを代表的な比較例として記載しておくことが望ましいです。そして、本願発明の実験データと比較例の実験データを比較し、何が遡及点となる効果かを検討し、その効果が浮かび上がるように表形式でデータを記載します。
この際に、効果の差が、工業的な観点から優れている旨を記載しておくのが望ましいです。審査官や明細書を参照した第三者は、実験データによる効果の差は認識できたとしても、この差が工業的にどのような意味をなすか理解し難いためです。これにより、審査官に本願発明の優位性をよりアピールすることができます。
また、従属請求項に数値範囲を記載して発明を限定する場合は、その数値範囲の臨界的意義が実験データから説明できる数値とします。
3.第三者が再試験可能な記載様式とする。
特許権は発明の公開の代償として、独占排他権という非常に強力な権利を得るものです。このため、化学系分野における実施例の記載は、第三者が効果発現を確認できるように、再試験可能な記載様式とする必要があります。再試験可能な程度に記載されていないと、記載要件違反として無効となる可能性がありますので、注意してください。
バイオの一部では異なるかもしれませんが、一般的に化学は再現性が求められる分野です。研究者は再現性がないと、工業的な利用価値がないことを意識していますが、弁理士でこの点を意識している方は少ないと思います。再現性が求められる分野であるため、再現性に影響を及ぼす因子である装置、試薬、分析方法など、必要な情報は実施例に漏れなく記載する必要があります。また、特殊な装置や試薬などを用いる場合は、第三者が入手可能なように入手先を記載します。
細かな実験操作のノウハウまで記載する必要はありません。ただし、第三者が再試験して効果発現を確認できる程度には記載するようにします。
実施例の記載は現在形と過去形で区別して記載する
なお、化学系分野の明細書における実施例の記載において、実際に実験を行った事項は過去形で記載し、実際には実験を行っていない事項は現在形で記載します。
発明者とのヒアリングの際に、このような実験データが必須であるため、追加実験をしてくださいとお願いするケースがあります。これらの実験を実施例に現在形で記載し、最先の出願日を確保するために出願(基礎出願)を行うことがあります。このような場合、この基礎出願に対して優先権を主張し、基礎出願から1年以内に出願する段階において、基礎出願後に得られた具体的な実験データを実施例に記載するとともに、基礎出願では現在形で記載された実施例を過去形の記載に変更します。
従来、日本においては、実施例において現在形の記載は、記載されていないものとして扱われてきました。実際に行っていないことであり、願望に過ぎないとして認められていませんでした。
しかし、実施例が現在形で記載され、数値などの実験結果が記載されていなかったとしても、審査段階で提出された学術論文に記載された実験結果を参酌して特許になった判例(平成22年(行ケ)第10203号)もあります。
以上、実施例の記載で注意すべきことを挙げました。
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