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権利行使に強い明細書作成のためのチェックの勘所

 権利行使に強い明細書作成のために、開発者および企業の知財部門は、弁理士が作成した明細書を草案の段階で厳しくチェックすることをお奨めします。特に権利範囲についての記載は、入念なチェックが必要です。弁理士のなかには一生懸命に出願人のために考え時間を掛けて明細書を作成する弁理士もいらっしゃいますが、必ずしも全員に当てはまるわけではありません。また、弁理士自身が常に正確に発明を把握できているとは限らないからです。チェックする際の参考として、書類作成者である弁理士がどのように考えて明細書を作成しているかを知っておくと、チェックの勘所が分かると思います。


「権利範囲を画定するベース」は?

 開発者が完成させた発明を最大限広い範囲で権利化することは、特段の事情のない限り弁理士にとっての基本的な使命です。権利範囲を画定するベースは「特許請求の範囲」(クレーム)であり、このクレームを如何に発明の本質のみを抽出して記載するか、すなわち、不要な限定することなく記載するか、これが重要となります。チェックする際も同様にこれが重要となります。

 ただし、発明の本質の抽出は、発明が具体化された実例そのものではなく、内在する技術思想であるために決して容易ではありません。しかも、クレームの記載は明確でなければならず(特許法36条6項2号)、最良のクレームを記載するには、①広範性に加えて、②明確性という2つのポイントをおさえなければなりません。そして、最大広い範囲で且つ明確に発明対象を記載できたとき、それは発明の本質が抽出されたことを意味します。


「発明の本質」とは?

「発明の本質的部分」の概念は、例えば裁判所においては、以下のように、定義がなされています。

・「特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで、当該特許発明特有の課題解決

手段を基礎付ける特徴的部分、」(東京地裁H12.3.23)、

・「特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで、当該特許発明特有の作用効果

を生じるための部分、」(大阪地裁 H11.5.27)

 つまり、創作された思想における特有の作用効果を奏する特徴部分であり、特許発明として最低必要な要素(必須の構成)ということです。


「発明の本質」はいかなる条件で決まるのか

 発明の本質を決定する最も重要な要素は、その時点での技術水準(背景技術)です。このため、出願時において把握できていなかった先行技術が権利化後新たに提示された場合、自ずと発明の本質の捉え方は変わってきます。

 この点は、開発者と発明の本質の捉え方が異なります。開発者は発明の本質は構成による不変のものであると捉える傾向にあります。一方、弁理士は発明の本質は先行技術水準によって変動するものであると捉えます。すなわち、弁理士は、対象となる公知文献が増えるほど発明の本質的な思想は狭められざるを得ません。公知文献の存在により、これに対する新規性・進歩性を確保するために、限定を加えることと、より広く思想を記載することとのせめぎ合いが行われます。

 加えて、書類作成者である弁理士は出願人の意思も考慮します。出願人がクレーム、明細書にどの様に記載したいか(記載しているか)ということも考慮します。

 したがって、調査等に基づく出願持における正確な技術水準の把握が重要であるだけでなく、クレームや明細書の記載によって、発明の本質が狭められてしまうことのないよう、十分な注意を払わなければなりません。


出願時に発明の本質のみをクレームアップするための努力

 出願書類の作成において、如何に発明の本質のみを抽出してクレームを作成するかは大変な作業です。一般的に、実際に行われている発明本質の抽出作業としては、例えば、クレームに記された限定要素の除外、下位概念の上位概念化、具体的限定要素を機能的概念に変えること等によってクレームのカバーする範囲を拡げること等が挙げられます。例えば、「断面U字状の溝」として記載した事項を単なる「溝」として把握したり、「シリンダーのピストンロッド」と記載した事項を「昇降手段」とするようなことです。

 したがって、クレームの作成に当たっては、機能表現によるクレーム記載、例えば、機能的にその手段(機能+手段)を記載、作用的な表現、動作的な表現を用いる記載やできる限り上位概念化した概念を用いるということになります。勿論、この様な手法は、発明のある1つの構成要素が1つの具体的な構成部材では表せない場合、すなわち、具体的部材を記載したのでは過剰限定になるような場合に、必然的に考えなければならないことです。これは、特許庁の審査基準においても不明確な記載にならない限り認められています。

 その他として、弁理士は発明の本質を捉えた上で、発明の対象をどの大きさにするのか、例えば、部品なのか、装置なのか、システムなのか、その様な対象の大小の設定の仕方によって、将来の権利行使における利益不利益が有るのかについても検討します。


まとめ

 開発者が明細書をチェックする際のご参考になればと思いますが、実際にチェックして問題点を発見するのは経験が必要でなかなか難しいと思います。この場合は、弁理士に何故このようなクレームの記載としたのか?発明の本質は○○と考えているがどうだろか?などと質問を投げてみるのがよいと思います。これに対して明確な答えが得られなかった場合は弁理士にクレームの再考を促せた方がよいと思います。質問することにより弁理士の発明理解が進み、また別の角度から発明の本質を抽出できるヒントにもなります。このように権利行使に強い明細書作成には、開発者の出願書類チェックが重要となります。

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